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<<   作成日時 : 2015/09/03 10:03   >>

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ショート・ショート

(第一話) 
  実は小生、深刻な悩みを抱えています。貧乏という持病があり、お腹がすいて困るのです。しかたなく、心療内科に通い、飢えをしのぐ薬を処方してもらっています。しかし、その薬が結構高価で困っているのです。どうやら、脳内の神経細胞間のシナプスという場所にある神経伝達物質の量を調整する薬らしいのですが、副作用もあるらしく、服用を止めようかと考えております。小生、子供の頃から、動物よりも植物が好きで、いろいろ勉強したことがあります。小生の家の近郊に県立公園があるのですが、よく観察してみると、食用になる野生の植物が自生しているのに驚かされます。小生は時折、草むらに分け入り、食用となる植物を採取してきて、茹でて食し、空腹を満たしております。武士というもの、腹がへっては戦ができません。食用になる植物をみつけるには、小鳥やカラスの行動を観察するのが肝要です。これらの動物が食せる植物であれば、人間にも食せると考えてよいからです。特にカラスは人間以上の見識があると考えてよさそうです。公園には池もあり、ザリガニなど時には動物性タンパク質も摂取することが可能です。ただ、アメリカザリガニはよく茹でないとジストマなどの寄生虫に集られる恐れがあるので注意が必要でしょう。特に若い人はこのようなことを知らない人が多いようです。これらは正に現代の若い世代が忘れている、日本人の知恵なのです。今の日本は厳しい状況にあります。ホームレスになった場合を想定して日々知恵を磨く必要があろうかと思います。
  空腹が続き、眠れない夜が多くなりました。このような夜には、昔のことが思い出されてしかたがありません。かつて、世界ヘビー級チャンピオンであったモハメッド・アリはボクサーでありながら、極めて知性的な人でした。彼の箴言に「私は謙虚になるには偉大すぎる」というものがありましたが、分野は違いますが、もっともだと思うところがあります。小生も計算機に作曲させるなど、天才的なところがありますので、なかなか謙虚になれず、世間に認められず、ひもじい生活を送らざるをえないのだと思います。格闘技といえば、最近のK1とかプライドというのは極めて優雅さに欠けていると思います。かつて、ジャイアント馬場という偉大なプロレスラーがいたのはご存知でしょう。彼は実に優雅で貴族的なレスラーでした。彼のあまりに素早い技は、テレビカメラの走査速度では捉えることができず、テレビを見ている我々には、彼の動きが見えず、何もしていないのに、外人レスラーが跳ね返されるという一見信じがたい光景はざらでした。小生も子供の頃、祖父と一緒にテレビを見ながら、彼の技を見ては、祖父と目を見合わせて肯きあったものです。「プロレスはスピードである」と言ったのは確かジャイアント馬場ではなかったかと思います。それでいて、彼は決して相手を傷つけないのは不思議でした。正に、剣道で言えば「活人剣」そのものであったのです。柔道も究極の技は「空気投げ」です。アントニオ猪木はジャイアント馬場に戦いを挑みましたが、ジャイアント馬場は決して応じませんでした。アントニオ猪木も偉大なレスラーであり、破壊力は強大です。それゆえ、もし対戦していたとしたら、ジャイアント馬場も更に強大な破壊力を発揮せざるを得ず、悲劇が誕生していたでしょう。(ニーチェを参照)。アントニオ猪木はモハメッド・アリと対決しましたが、アントニオ猪木は、マットに横たわるという奇抜かつ独創的な戦略をとり、両者引き分けとなり、正に東洋の知恵と西洋の知性が宥和した形となりました。正に、かつての格闘技は優雅な舞踏であり思想であったのです。
  今日、喫茶店(ベローチェです)に行って、なけなしのお金をはたいてコーヒー(168円)を飲みに行きました。家で石油ストーブを使った場合の石油代とコーヒー代のトレードオフを考慮し、熟慮の末、決断したのです。C言語でプログラムを記述し、結果を出すまでに2時間近くかかりました。ベローチェの店員さんは美人が多く、採用の際にオーディションがあるそうです。やはり、コーヒーを飲みに来て良かったと思いました。店の中には、どこの国か分からないのですが、民族衣装を着た人達がいらしゃいました。たぶんギリシャ人なのでしょう。彼らの言葉が全く分からなかったので小生はそう判断致しました。英語にもこのような表現があるので、間違いないでしょう。最近は外国の方が多いですね。先日もモルモン教の青年たちと駅前で英語と日本語の混ざった会話を楽しみました。彼らはnative Americansを崇拝しているのだそうです。近所のコンビニにも中国人やフィリピンの方が働いておられます。日本人は見知らぬ人に話しかけることはめったにいないので、小生のような日本人は珍しく見えるようです。フィリピンにも小生のようなおかしな人がいるそうです。その人が日本語の「3時のおやつ」という表現を知っているのには驚きました。


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(第二話)
昨日のクリスマス・イヴは毛布に包まって、クリスマスソングを聞きながら、ロマンティックな夜を独りで過ごしたのですよ。
あぁ、その前に数少ない知り合いに年賀状を書きました。
何%返事がくるか統計を取るのも例年通り忘れないつもりです。
MDに5時間20分クリスマスソングだけ録音したのがあるのです。
違う種類の音楽だが、こんなMDが50枚ほど。
私も暇ですな。
私は多才だけど、無妻です。(タサイとムサイは似てるでしょ)
無粋ですしね。
いっそ可愛いぬいぐるみを買おうかな。
でも50歳でぬいぐるみを買うの恥ずかしいと思うので、できないと思うけど、分からないというのが本当の話。
独り身には残酷な二日間も続く休日の第一日目は何とか自害せずに経過。
翌日起きると外は何故か明るかった。
自分の部屋のごみだけ集め、捨てる。
終わった後、虚無感に襲われるも、急に来年から英語のリスニングを再開するのだという欲望が抑えられなくなる。忽然として、オフィーリア。
古いラジカセが壊れて以来、休止していたが、聞ききれないほどのテープがあるのだ。
ラジカセを買うのだ。
テープレコーダーのついたラジオを買うのだ。
広大な公園をつきぬけ、橋を渡り、巨大な城のようなイトーヨーカドーの前を通り、
私は走った。
風を切って走った。
私はサトームセンに向かって一生懸命走った。
車で。
クリスマスの休日で店内は賑わっていた。
ラジカセコーナーへ行き、店員さんに、「このソニーのラジカセでNHKのAM放送の第二放送を聞けるでしょうか?」
と心配そうに尋ねてみた。
「ここに書いてある数字の周波数なら聞けますよ。」と店員さんは自信たっぷりにピントはずれの答えをし、ニヤリと笑う。
何だ、この笑いは?私がNHK第二放送の周波数を知らないのがばれたのだろうか。
まあ、気にしないことだ。多少図太くなきゃ、生きていかれんですからな。
品物を持ってレジへ移動する。
スゴイ美人の店員さんだった。
少しでも長く会話をしようと30マイクロ秒ほど策略を練った。
この位の策略に、私の頭脳をもってすれば、この位の時間で済むということだ。
「これ500円で売ってくれませんか?」
店員さんはギョッとしたような顔をする。こんなこと無理な注文ですからなあ。
「いや、冗談ですよ。でも、マケてくれません?」
と時間を稼ぐ。
「今、上のモノに聞いてまいります。」
これは、まずい、私も良心がうずいた。こんな美人を困らせるなんて許されないことだと真剣に思った。
「いや、冗談ですよ。サトームセンがケチなのはよく分かっていますから。」
どうして、こう憎まれ口をきいてしまうのでしょう。年配の男性店員が機嫌よさそうにニコニコしながら我々の話を聞いているのに気づいた。日本人でもユーモアが分かる人がいるのですな。
美人の店員さんは安心したように保証書を用意する。
私は謝罪の気持ちで、
「包装はいらんですよ。テープだけ貼り付けて下さい。」
謝罪の気持ちが通じたかどうかは分からないが、出口でビビッタ。
男性店員が私をにらんでいるのですよ。
私は、
「盗んだんじゃないですよ。このテープ見て下さい。」
その店員さんは、
「分かっておりますよ、サー、お気をつけて」
と顔からは想像できない冗談を飛ばす。日本人にもユーモアのある人がいるんですな。人は見掛けによらんですな。
私も口ひげを蓄えた恰幅の良い紳士といった外見ですからなあ、サー(Sir)も当然かもね。
いっぱいあるテープというのは、English Journalのことで、知っている人もいるでしょう。NHKの英会話もビジネス英語も聞きたいし、そのためには古いタイプのラジカセが最適です。
家電も古色豊かな機種が復活してますな。
そのNHKなんですがね、今日、公共放送なのに一民間企業に過ぎない会社を取上げておりましたな。一見その会社は素晴らしい企業のような印象を与えるようでしたが、意外や意外!
よく見て聞けば、如何にその会社が貧乏会社で低賃金か分かってしまう内容でした。その会社のお偉方のやせ我慢ぶりは、見る人が見れば明らかな内容でしたな。
世の中はその会社の製品だけでできている訳ではないのは明らかですからな。
これだけ世界一になっても、仕方ないですな。
日本の男性の「世界一」連発は精神年齢が疑われますな。
私は正直、金は欲しいです。本当に私は正直ですな。
総合すると私も「金と女性」を追いかけているようなストーリー展開になりましたが、
本当はストイックな研究生活をしている清貧な男です。
本当ですよ。書物とピアノが恋人。格好いいでしょ。
しかし本当にクリスマスは独り身には残酷ですな。毎年クリスマスソングだけが救いです。

(一部分、天の神様の目撃した事実と異なる記述がありますが、創作物として、神様、お許し下さい。メリークリスマス)


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(第三話)
西洋では13という数字は縁起が悪いものらしい。

私はここに西洋と日本の接点を見出した気がする。

つまり

4+9=13

という等式に気付いたのである。4は死を象徴し、9は苦しみを象徴するのは常識と思う。両者を声に出せば四苦八苦である。両者の和である13が不吉な数字であるのは当然である。

四苦八苦を数字で表し、少し計算すると

4X9+8X9=108

となり、仏教でいう煩悩の数に一致する。

4、9、13という数字は、組み合わせることにより、深遠な世界に通じているのである。

信じられないかも知れないが、偶然の一致としては出来すぎた話ではなかろうか。



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(第四話)
 私は最近不愉快だ。思い当たる節もあるのだが、実際はいろいろな要因が絡み合っている。最近は一生懸命働いているのであるが、給料明細を見ると桁が一桁普通の会社と異なるのに気づいた。これは会社のコンピュータの計算ミスではなかろうか。まぁ、前の会社ではホワイトカラーで仕事をしないで給料を貰っていたから、これも報いなのかもしれない。現在の会社の給料では生活できないので、お金を別の2経路から貰って、生活をしている。お金は天下の回り物である。私もいつか自分のした仕事に見合う給料を貰って、それで生活できる身分になりたいという希望を持っているのであるが、そうなりそうもないのに生活できているのは、ある意味で社会的矛盾である。この矛盾を解決せずに21世紀の日本の再生はあり得ないと思うのであるが、何とか生活できているので、そう気負う必要もないのかも知れないが、やはり矛盾は矛盾だ。何を言っているか分からないかも知れないので、単純化して言い直すと、私もきちんとした会社に勤めて、きちんと仕事をし、きちんと給料を貰って、人に頼らずに生活したいのであるが、それも叶わず、それにも拘らず生活しているという、矛盾、歯がゆさ、憤り、怨念、有難さ、などの入り混じった複雑な感情で不愉快なのである。
 不愉快だと人と会話するのも嫌になる。昼休みは会社を抜け出し、しばらく街中を歩いた。そしてベローチェでブレンド・コーヒーを飲むことにした。店内はジャズが流れていて気持ちが良かった。演奏者は分からないが、カルテットの演奏で、ピアノとギターの対話が粋である。ジャズは夜に聞くものでなく、朝か昼間に聞くものだというのが私の感覚であり、持論である。窓越しに見える人々の往来をなんとはなしに見ているのの気晴らしになる。紅葉した木の葉が舞い散る季節である。コーヒーを飲みながら音楽に聞き入っていたら、なんだか気持ちも軽くなり、昔のことが思い出された。
 私が最初に勤めていた会社は給料も安く、仕事も気に入らなかったので、若気の入ったり来たりで、不満たらたらの生活を送っていた。給料が安いならば、気に入った仕事がしたいというのが、最低限の希望であった。同じように、昼休みになると、工場が面する海の水面が見える場所に行き、クラゲが見つかると石を投げつけて憂さを晴らすのが日課になっていた。クラゲには気の毒なことをしていたと思う。
 今思えば、クラゲのことを羨ましく思っていたのかも知れない。プカプカと何も考えず、水中で気ままに暮らしているクラゲは何となく羨ましかった。しかし、噂によると、クラゲには脳が無いらしい。何も考えないのも当たり前だ。でも、気ままという感覚はクラゲには分からないだろう。脳が無いならば当然だ。脳がないから、考えることもできず、気ままという感覚も感じることができないというのは幸福なのだろうか不幸なのだろうか。脳がないのだから、幸不幸の区別もできないし、こういう言い方も無意味だろう。脳が無ければ、無意味の意味も分からないだろう。結局、クラゲには何も分からないのだ。分からないということも分からないのだ。私は人間だから、脳を持っていて、いろいろ考えてしまう。クラゲと違うところだ。では何故クラゲが羨ましかったのだろう。また私は分からなくなった。分からないということが分かるのは幸福なのだろうか不幸なのだろうか。こんなことを考えるのも脳があるからである。結局私は無脳状態が羨ましかったのかも知れないが、人間で無脳であれば、無能呼ばわりされても仕方がない。発達しすぎた脳を持つ人間は幸福なのか不幸なのだろうか。これも私には分からない。分からないということが人間の私には分かるのだ。
 ベローチェと言えば連想が進むのであるが、横浜駅西口にあった横浜音楽工房という音楽教室でリコーダーを習っていたことがある。その傍にあったベローチェでコーヒーを飲みながらレッスンまでの時間を潰したものだ。リコーダーのレッスンとは、主に先生との二重奏という形式で、リコーダーの吹き方を習うというのが普通だ。大体6ヶ月ほどで普通に吹けるようになる。リコーダーと言えば、小学校や中学校で吹いた覚えがある人も多いだろう。確かに、リコーダーを大人になって習うと、何か非常に懐かしいものを感じたものだ。同じように感じる人も多く、その先生についている生徒さんたちとも知り合いとなり、先生が主催する合宿に参加したのも良い思い出である。軽井沢、道志村などで民家を借りて、合宿をし、リコーダーの合奏の練習をした。その他にも、料理をし、おしゃべりをし、と楽しい思い出ばかりである。本当にあの頃が懐かしい。その先生には時々電話をするくらいで、最近は疎縁になってしまった。
 昼休みが終わって仕事に戻った。この会社では仕事中に私語を話しても良いことになっている。今時珍しい会社だが、時には付いていけないと感じるときもある。不愉快な気分のときは会話は苦痛であるが、機嫌が良い時には、私も積極的に会話に加わり、冗談を言っている。音楽を聴きながらでの仕事なので、時間も矢のように流れる。エントロピーとは時間の矢である。これは関係ないが大切なことである。全ては混沌への道筋であるが、人間とはこの道理に逆らい、秩序を作ろうとする。生命一般がそうである。これは太陽が惜しみなくエネルギーを地球に注ぎ、開放系としての地球のエントロピーを減少させるからである。クラゲが生きていられるのもこのお陰である。これは脳がある人間だけに分かる道理である。
  衆院選が間近い。政治家の腹の中を想像してみた。今選挙では、国民感情を尊重して脱原発を主張するのが適当だろう。まずは政権を取らなくては話にならない。福島原発の後始末を含め、日本経済の建て直し、再生可能エネルギーへ向けてのインフラ整備などには莫大なエネルギー、従って資金を必要とする。化石燃料でそれを賄うのには限界がある。計算をするまでもない話である。途上国を含め、多くの国は今後も原子力エネルギーの安いコストの電気を使って、経済発展を遂げていくだろう。原発を再稼動しないのは国際競争上明らかに不利だ。化石燃料では国内の電気料金が値上がりし、経済に打撃を与えるようになるのは目に見えている。重電機メーカーが最新の原子力技術を海外に提供していくのは、敵に塩を送るようなものだが、避けられないことである。化石燃料に頼るにしても円安政策は矛盾するが、しなくてはならない。円高のほうが化石燃料でやっていくには有利であるが。円の価値を下げてインフレターゲットを満たすというのもおかしな話だ。金利を下げれば、円を使う国が増え、円高になるのは当然だ。本当に矛盾だらけだ。どうやって国民を説得したらよかろうか。チェルノブイリ、スリーマイル島の事故もあったが、その時は対岸の火事で、今回とは異なる。はてまた困ったものだ。考えれば考えるほど困った話だ。のど元過ぎるのを待つか。
 私も30年ほど前、大学の研究室で、エネルギー問題に関わる化学の研究に携わっていた。結局、当時その研究室で研究されていた、個体電解質、超伝導、燃料電池、蓄電池、水素エネルギー経済などで、ものになった研究はひとつもない。理念は立派であったが、何の成果もなかった。当時もエネルギー危機が叫ばれていたが、原子力を否定する発想はなかった。原子力は安価であるばかりでなく、安定なエネルギー源として考えられていた。太陽光、風力などの不安定なエネルギー源とは違った役割があると考えられていた。
 電力は足りれば良いというものではない。電力供給の安定性が必要である。電力の安定供給に対する原子力の役割は大きかったのである。その役割を他の手段で手に入れるのは難しい。このためには単にクリーンな再生可能エネルギーでは無理なのである。電力供給の不安定性を抱えての産業活動には限界を伴うのが現実である。技術的観点からの議論が求められると思う。
 しかし、今後再生可能エネルギーの導入は時代の流れであろう。世論を尊重すれば、水力、火力、再生可能エネルギーを組み合わせて電力を供給していくしかないだろう。不安定な再生可能エネルギーの出力が既存の電力供給システムに加わった場合のシミュレーションが行われているようである。シミュレーションは現実の現象を計算機上で再現することが目的だから、予測にまで過度の期待を寄せることは危険である。しかし、他に定量的な予測手段もない以上、シミュレーションで検討する以外にないのだろう。私には一般的なことしか分からない。具体的なことは専門家に期待するしかないのだろう。
 何の話か分からなくなったところで、このエッセイを締めくくりたい。後日加筆するかもしれないので宜しくお願いします。


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(第五話)
脳の男女差
 男性の脳の重さが女性の脳の重さよりも重いと知った時、私は思わず「勝った!」と思ったが、イルカや象の例もあるので、脳の重さは決定打ではなさそうだ。右脳と左脳を連絡する脳梁や前交連という部分は、男性より女性のほうが大きいという。つまり、女性は右脳と左脳とで情報を男性よりも上手くやりとりし、脳全体としてのパフォーマンスを向上させ、容量を補っているらしい。分かりやすくするため、極端な式で表すと

    男脳パワー = M(右脳パワー + 左脳パワー ー 0.06*(右脳パワー*左脳パワー))

    女脳パワー = F(右脳パワー + 左脳パワー + 8956*(右脳パワー*左脳パワー))

くらいになっているようだ。大きく分けて言うと、右脳は感情、左脳は論理を司るので、女性がときとして見せる矛盾と不可解さも上の式で近似的に理解できるかもしれない。MとFは男性と女性に対するジグモイド関数である。
 ノーベル章を受賞した根岸英一さんが、教育でも競争を重視するように提案したのも、女性を牽制してのことではなかろうか。競争に興味を示すのは女性よりも男性に多いから、競争を強調すれば、まだ男性が優位に立てるとの計算があるのではないか。それが証拠に、科学技術関連予算を巡る事業仕分けでも、「世界一じゃなくてはいけないんですか?」とふと本音を漏らした女性議員がいたではないか。いや、男である私自身も、「世界一」派ではなく「オンリーワン」派なので、世界一の連発はあまりよく分からないのだが。つまらないことでも、オンリーワンならば競わずしてナンバーワンだと思うのだが、ちと不精か。一面から見れば、あの仕分けは男性原理と女性原理の対立に見えた。
 女性の社会への進出は目覚しいものがある。その勢いで私のような人間は肩身の狭い思いをしなければならない世の中になった。一般的に言って男性が暮らしにくい世の中になったとは言えるようだ。


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(第六話)
政治と人工知能(TMS)
  TMSの話が出て来ましたが、これはTruth Naintenance System の略です。
  知識が増えることにより今まで信じてきたことが間違いであることが判明することはよくあります。そのようなときには、人間はうまく自分の信念を変えることができます。最近は、矛盾があっても、気づかないか、開き直る人も多いようですが。TMSのねらいは、人間のこのような翻意(試行錯誤)という現象をとらえることにあります。すなわち、「推論規則と事実と仮説からなる世界像」を形成し、入力される事実をもとに世界像を無矛盾に保ちながら推論を進めていくことが目標です。首尾一貫性という言葉は誤解されています。いつまでもある信念(常識)を捨てないのが、一般には首尾一貫していると考えられているようです。矛盾のない体系を作るには、矛盾にであったら、潔くその信念(常識)を捨てる覚悟が必要です。「君子豹変す」とは、君子というものは矛盾にであったら、すぐさま今までの考えとか信念(常識)を変えられるということです。首尾一貫しなくてはならないのは、信念(常識)ではなく、世界像なのです。
  別の例を挙げてみましょう。いま、J国で独裁者K首相の後任者選挙が行なわれることになりました。有力候補者にはX氏とY氏がいます。そして、是が非でも国難を乗り切るために、民事党において選挙をしなければなりません。「国民に人気のあるX氏が適任であろう。人気があるのは能力があり、人徳があるからで、期待できるだろう。」というよくある無根拠の常識(A1)と、「X氏は国民に最も人気がある。」という観察事実(F1)とをもとに、「X氏を第一候補とする。」(N1)、「Y氏を第二候補とする。」(N2)ことにしたとします。ところがその後の詳細な調査の結果なんと「X氏の立派な発言は根拠がなく、誇大妄想に過ぎず、またX氏は経済には全く通じていない。」(F2)ことがわかった。このままX氏が当選してしまうと政治経済の破綻は避けられない「破局」(C1)という最悪事態になってしまいます。そこで、急遽予定を変更して、「地味で人気はないが、堅実で実力のあるY氏を当選させる。」(N3)、「X氏は独裁者になる可能性を否定できないとして候補から外す。」(N4)ことになるのが妥当な結論でしょう。人間は上のような推論をほとんど無意識で瞬時に行うことができます。もちろん、単純な問題であるせいもありますが。このような推論を計算機に行わせるのも人工知能のひとつの課題なのです。これはTMSでは以下のような手順により実現されます。おのおのの「常識・規則・事実」は一つのノードで表現されます。例えば、前述の常識A1と事実F1とが入力されると二つのノードがそれぞれ対応するものとして作られます。そして、常識A1と事実F1とから結論N1が推論されます。そして、常識A1と事実F1から結論N1が推論されると、新たに結論N1に対応するノードを作るとともに、その結論N1が<事実F1,常識A1>から導かれたという「依存関係」も同時に記録します。同様に「X氏が誇大妄想を抱き、経済音痴である。」という事実F2と「X氏を当選させる。」という結論N1から、それは「破局」C1になるということもノードC1に記録します。ここで、「破局」C1が真になってはならない(矛盾)という知識に基づき、依存関係に基づくバックトラックが始まります。ちょうどこれは何かまずいことが起きたときにその原因を順番に調べあげていく過程に似ています。
  まず、なぜ、「破局の可能性」C1が真になったかというと、結論N1と事実F2が成り立ったからです。では、なぜ、結論N1が真になったかというと、事実F1と常識A1が成立したからでした。では、なぜ、事実F1がというとそう言われたからであり、これ以上は遡れません。このように、依存関係を順序よくすべてたどることにより、矛盾(破局C1の成立)の本当の原因になったものは、<常識A1、事実F1、事実F2>の三つであったことが分かります。すると、このうち一つを翻意しなければなりません。そこで、おのおのの理由をみると、事実F1と事実F2は、あくまで事実で変えることができませんから、単なる仮説である常識A1を忘れることに決めます。そして、それに基づき、再推論して世界像を作り直し、今度は矛盾がみつからないので停止します。
  このように、翻意(試行錯誤)は人間の知的活動に本質的なものです。このTMSは常に無矛盾な世界像を一つ作っているため、仮説に基づく推論を行う場合に、多くの可能な解を一度に見比べて評価をして一番よさそうなものを選びたいという要求には応えることができませんので、そこを改良したものがATMSです。
  


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(第七話)
MK様

荒井公康です。今週は暑くなるようですから、熱中症には気をつけて下さいね。

本当に警察というのはいかれてますね。6年前3回も取り調べを受けたことがあります。別に、警察は私のことを犯罪者と思っているわけではありませんが、私のことをイカレテルと思っていたようですね。

私は6年前まで、実家に住んでいて、車も持っていたので、よく気晴らしに車を運転していました。私の運転はものすごく安全運転で、パトカーが私を追い越すくらいの低速で運転していました。

取調べの件なんですがね、私が車の助手席に女性を無理やり乗せようとしたという因縁をつけてきたのですよ。助手席には必ず植木鉢を置くのが習慣でしたから、私にはそんなことはできませんよ。

最近は、自転車に乗ることが多いのですが、警官が私が自転車の後ろに女性を乗せようとしたと因縁をつけてきたのですよ。自転車の二人乗りは法律違反ですから、そんなこと私がするわけありませんよ。

私は歩くことも多いのですが、今度は警官が、私が女性をオンブしようとしたと因縁をつけてくるのですよ。私にはそんな元気はありませんよ。

でも、K様は小柄で華奢な感じがするので、私にもオンブできるかも知れませんね。K様をオンブして、K様の美しい声を聞きながら、どこまでもどこまでも歩いて行って、海の見えるところまで連れていってあげたいですね。そこで一緒に海を見たいですね。でも警官が出てこないといいですよね。

K様も仕事はほどほどにして、私みたいな人間と、くつろいで過ごす時間を設けたほうがいいですよ。このまま仕事だけするのですか。私は当の昔にそんな生活とはオサラバしました。

では、また。


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(第八話)
私は昔、自動作曲システムを開発して情報処理学会で発表しましたが、当時(現在も)ちゃんとした自動作曲システムは存在せず、NHKが会社(アイネス)に取材に来て、デモ演奏を録画して、私も少しだけテレビに映ったことがあります。記念にNHK特製の時計を頂きました。現在はNHK受信料も払っていませんが、文句は言ってきませんね。以前に親父に言ってくれと言ってありましたが、親父は去年亡くなりましたので、現在も連絡が取れないのでしょうね。私はほとんどNHKしか見ませんが、その事実もNHKには漏れていないようです。つまり、NHKにとって現在のところ私は存在しないのです。そのうち私の存在がNHKに露呈する可能性は否定できないでしょうけどね。NHKのアナウンサーはノーブルで気品のある美人が多いので、そこらのタレントを見ているよりも気持ちが良いですね。小野文恵さん、小郷知子さん、滝島雅子さん他、沢山好きなアナウンサーがいます。天気予報の平井さんも好青年ですね。天気予報もよく当たるようになりましたね。アナウンサーが交代したりする時がありますが、寂しく思う時もありますね。

Facebookに入れてくれた人も全く知らない人でした。実世界の私くらいの年齢の知人はインターネットもやっていない人が多いらしく検索しても見つからないので、数名を除いて、知らない友達ばかりです。これらの友達は、私は知っているけど、でも知らないという、ウィニコットの言う逆説を通して、健康な電脳空間への扉が開かれる力になってくれているようです。本当に知ってるけど知らないお友達には感謝しています。




荒井公康
http://www5f.biglobe.ne.jp/~kimmusic/
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日本社会党の政策を衝く?理性と常識が捉えた数々の矛盾
啓正社
加藤 寛

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