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zoom RSS 父の思い出

<<   作成日時 : 2015/09/03 14:44   >>

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過去のブログから父(荒井徳蔵)に関する記事を転載致します。

ホットケーキ
 ヤマサキのホットケーキサンド(メープル&マーガリン)(110円)を買ってみた。懐かしい味がした。
 子供の頃、両親は外出すると必ず外食に連れていってくれた。外出して外で食事をしないことはなかった。大抵、ペコちゃんで有名な不二家に行くことが多かった。「あっ、ペコちゃんだ」と言うと、不二家の中に連れていってくれた。私の注文は決まってホットケーキ。ホットケーキ2枚にシロップとバターが付いていた。暖かいホットケーキの上にバターを塗ってシロップをかける。それをナイフで切ってフォークで食べる。懐かしいはずだ。あの当時の味だ。
 小さな子供がナイフとファークを器用に操るので、親戚も面白がった。
 もう、あの頃には戻れないけど、また食べてみたいのが暖かな本物のホットケーキだ。


 鈴木大拙の「禅学入門」を流し読みしていたが、禅が人間を論理、言葉(概念)から自由にするものだとしても、その非論理性を支えているものは、日常言語であり、通常の論理であるのではないかという思いを強くした。そうでなければ、そもそも、日常のコミュニケーションも不可能だろう。
 禅とは青い鳥を探している人間に、幸福や真実が遠いところにあるのではなく、足元の日常の生活にあることを教えるものだ。日常の経験や生活を丁寧に味合うことを教えるものだ。公案は難しいので、深遠な理論があるのだろうと錯覚するが、そのようなものはないようだ。
 母は早食いの私に、よく味わって食べるように諭したものだ。これも禅である。父は時折、私に禅問答もどきの問いを発し、私を黙らせた。これも禅である。
 曇天の梅雨の日に、紫陽花の花は鮮やかに咲く。しかし、紫陽花と気付く前に、その花は何であったか。現象学との関係は如何。


囲碁と酒
 子供の頃、父はよく将棋の相手をしてくれた。決まって、棒銀で攻めてきて、私は防戦一方で、いくらやっても適わなかった。囲碁も教えてくれたが、私にはよく分からなかった。就職し立ての頃、私の給料はほとんど酒代に消えた。こんな私の親とは信じられないのであるが、父は酒一滴も飲めない体質であった。囲碁と酒に関しては父と私はすれ違いであった。若い頃、囲碁の本を買って帰った私に、教えてやるからと言っていたが、私のほうは乗り気になれなかった。酒はともかく、私も囲碁を本気でやっていたなら、父の相手をできたのだろうなと思うと残念である。また父が酒を飲めたら、親子関係も随分違っていたと思う。
 最近まで父は電話をよくくれた。決まって、俺は大丈夫だ、お前の方はどうだ、と言う内容だった。だから、私は父が元気だと思っていた。先日は夜の11時半に電話をくれた。入院先の病院からだった。それが最後のメッセージになりそうなのだ。今日、病院に行ったところ、治療法がもうないのだそうだ。安定剤と薬で父はほとんど寝ているばかりになってしまった。一昨日行った時には起きていたが、機嫌悪そうだった。夜の11時半とはその夜のことだった。私がまた行くからと言ったら、安心したように電話を切った。本当にその時の声が最後に聞く声になってしまったようなのだ。
 最後に私の一人住まいの家に来た時は、父はなんとトイレの掃除をして帰った。囲碁以外に何も関心のない父であったが、日常では極めて几帳面で、だらしのない私を叱った。偉そうなことを言う前に、当たり前のことができる人間になれ、というメッセージのようだった。
 あとどれだけ生きてくれるのかわからない。目を覚ましてくれるかもわからない。しかし、これからしばらく、病院通いをするつもりだ。
 父が酒を飲めたら、そして私も囲碁の相手ができていたなら、と思うと残念でならない。父と酒を酌み交わしたかった。
 子供が頑張るのは親のためだ。それが親孝行だ。私は勉強でも仕事でも頑張ってきたとは到底言えない親不孝ものだ。本当に後悔先に立たずとなってしまった。



父の訪問 
 本日11月28日に父が私の家へ来てくれた。母の月命日である。
 冬用の洋服を持ってきてくれた。父とは事情があって同居していない。病弱の父のことが心配であるが、本人の事情があるので仕方がない。父はもう囲碁をやらないようである。
 父ももうすぐ80歳である。元気を取り戻して長生きして欲しい。とぼとぼ自転車で去っていく父を見て、私は寂しく、悲しくなった。



(亡き父のために)
 去年、父を亡くして、寂しいです。短気で怒りっぽい父でしたが、気前がよく、私には生前贈与までしてくれました。相続時精算手続きをしてありますが、他の相続分もあるので、どう処理するかは、弁護士さんと税理士さんにお任せしています。父は本当に私のことを心配していました。私のマンションにも何回か来て、一度はなんとトイレの掃除をして帰りました。几帳面な性格で、だらしない私をよく叱りました。私自身は他の人たちからは、非常にきちんとした人間と思われていますが、父はそれ以上でした。学もない父でしたが、碁が滅法つよく、私のへ理屈など退け、当たり前のことだけを言う父でした。晩年は少し認知障害があり、知り合いに電話ばかりしていたようです。私のところへも夜昼かまわず電話をしてきましたが、父の声を聞くと、何故か私は嬉しくなりました。もう、その声も聞けません。私のマンションにも二度と来てくれません。81歳になってから、歩けなくなって、老人ホームに入居しましたが、私は毎週、お煎餅とお寿司を買って見舞いに行きました。とにかくお煎餅が好きな父でした。誤燕性急性肺炎で、菊名記念病院に緊急入院しましたが、三日後の平成23年9月13日17時04分に死去しました。三日間は毎日、私は病院に通いました。息が荒く、少し苦しそうでしたが、結局呼吸不全で息を引き取りました。人の最後を看取るのは初めてでした。人工心肺などで延命措置をするか、自然に息を引き取るのを待つか、医師から決断を迫られました。延命措置をとると、遠くの病院に入院させなければならないし、本人も苦しむし、家族の負担も大きくなるからと、医師も延命措置には反対しました。弟も面倒なことは嫌だと延命措置に反対しました。私はどんなことになっても父には生きていて欲しいという気持ちで一杯で、泣きたくなりましたが、男ですから、涙を堪えて、医師と弟の意向に従わざるを得ませんでした。結構長い時間黙っていましたが、物凄い葛藤がありました。弟のことも少し冷たいと思い憎らしく思いました。もう少し迷ってもいいのじゃないでしょうか。父の早い死を願うというのはどういうことでしょうか。父の最期のことは今でも忘れられません。通夜には、私ひとりで、一晩中父の遺体と共にいました。広い斎場にはだれもおらず、電子キーの番号だけを斎場の人に教えてもらい、朝5時頃自分で鍵を開け、コンビニに弁当を買いに行き、食べました。一晩中、ときどき棺の窓を開け、父の顔を見て、いろいろ話しかけました。普通、こんなことは、ひとりでは怖くてできないのでしょうが、私は平気な性分なのです。私の父なのですから、怖いとは思いませんでしたが、普通の人にはできないかも知れませんね。弟家族も帰ってしまうのは、少しおかしいですけどね。皆で、一晩中、見守るのが普通でしょうけどね。弟はかなりの額の父の預金を勝手に引き出していることが、弁護士さんと一緒に調べて分かっているのですが、自分の弟ですから、どうしたものかと思っています。本当に弟は調子がよくいい加減なんですが、人が良さそうで皆に好かれます。私と反対です。
 母の死後、父は若い女性にお世話をしてもらっていたのですが、普通なら家族として、私は反対する立場だったでしょうね。しかし、私は高齢の父には幸せに好きなように暮らして欲しかったので、反対しませんでした。6年前までは、主治医は現在とは異なる小堀先生という方に診てもらっていました。父のことを話すと、小堀先生も、私のことを、人間として分からない人だなぁ、と言っていました。父はその女性と小さなアパートで暮らしていました。私の一人暮らしも11年目です。6年前に実家から現在のマンションに移りました。実家は広かったので、現在のところは部屋が三つあるにしても、私には狭いです。ピアノと楽譜と本とパソコンとテレビしか置いてありません。夜が来ると寝るだけです。父の居場所に私も何回か訪問したのですが、いくつかの部屋のひとつの6畳間の狭い部屋で、エアコンをつけて、一日中お煎餅を食べながら、座椅子に座ってテレビを見ていたようでした。居心地が良かったのでしょうね。その女性は看護婦さんで、父のことを、お父さんと呼んでいました。近所には荒井家の本家もある場所でした。本家は海苔問屋をやっています。その女性と父と私で、今後のことを話し合ったこともあります。その女性も、父の世話には限界を感じていて、いろいろな経緯から、結局、東電関連の樅の木という介護付き老人ホームに入居することが決まったのです。父は東電OBですので、すぐに入居できました。福島の原発事故以降は、東電も資産を売却し、現在は大和ホームが経営しています。関係ないですが、原発事故は、私にとっても想定外で、今後のエネルギー政策に関心を持っていますが、簡単に脱原発には賛成できません。大学、東芝、とエネルギー関係の仕事をしていたので思うのですが、技術的に不安定な供給しかできない再生可能エネルギーへの転換は簡単ではありませんし、火力に頼って、地球温暖化防止に逆行するのもどうかと思います。東電他、他の電力会社にも儲けてもらって、安定した電力供給を続けて欲しいですね。東電が潰れるということは、日本の終わりと考えていいと思いますよ。もちろん、私が決めることではありませんが、原発再稼動は必要悪と思います。



私のツイート集から
 センターでは今日はカラオケ大会で、桶(オケ)にもいろいろあって、私は一人で風呂桶で歌っていたほうが気持ちがいいね。皆、いつか棺桶に入れられてしまうが、その中でも歌えたらいいね。親父は歌っていたよ。本当だよ。まぁ、私にしか分からないだろうね。本当は悲しくて泣きたいよ。






荒井公康
http://www5f.biglobe.ne.jp/~kimmusic/
kimi1955-music@kir.biglobe.ne.jp








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