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zoom RSS 孤独日記

<<   作成日時 : 2017/06/20 09:16  

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孤独歴15年、人の適応力とは恐ろしいもので、孤独にもすっかり慣れた。ひとりでいてもなんとも感じない。寂しささえない。一日が坦々と過ぎていく。父母との思い出にも悲しみの陰は差さない。
 とにかく動くことだ。毎日1時間半ほど歩いていると気持ちもいくぶんハイになる。体を動かしていると悩みに付け入る隙を与えないで済むからお試しあれ。昔懐かしい場所を歩くのもよい気晴らしだ。汐見橋を渡り、本町通、仲通、潮田、向井町、栄町、菅沢町、市場町を通って、鶴見橋を渡って帰ってくる。毎日の日課だ。昨日は途中でパシオスによって下着とシーツを買ってきた。両親がいた頃は、こういうことは全て任せきりであったが、両親がなくなった今は、何でも自分ひとりでこなさなければならない。親というものは本当にありがたいものだと実感する。親孝行したくとももういないのだ。少し寂しくなる。
 食事は一日二食は宅配弁当に頼っている。後一食は卵と野菜ジュースで済ませている。ひとりで食べる食事は侘しい。サザエさんやちびまる子ちゃんのテレビでみる家族での食事風景を見ると、楽しそうやら、羨ましいやら、自分の子供時代が懐かしいやら、なんだか複雑な気分になる。私も愛する人と食事がしたいな。それにはまず愛する人を見つけなきゃな。まぁ、この年じゃ無理か。教会で大勢と食事をするのは楽しいが、頻繁にとはいかないのは残念だ。
 さっき、水割りを三杯飲んだ。気分がよくなってきた。昼間から酒とは私も堕落したもんだ。しかし、私ももうあとは死ぬだけだ。死ぬまでだらだら生活を続けるのだろうか。自殺するわけにもいかないからだらだら生き続けるのだろうか。かと言って、今すぐ死ぬ気にもなれない。惰性のまま生きている。どこかにまだ生への執着があるのだろう。ひとりでも楽しみはそれなりにあるし、生きていること自体、一種の快感があり、それは本能のようなもので、それで人は生きているのかも知れない。健康な人間は死を嫌うものなのだろうか。
 私は勉強が好きだ。というより習慣になってしまっている。社会人になってからも大学での専門外(化学以外)をやってきたので、勉強せざるを得なかったのだ。人間にとって新しい見知らぬ知識に出会うことは苦痛なのだろうか快楽なのであろうか。年をとるにつれ苦痛になるような気がする。若い頃は目新しい珍しいものに惹かれる。最近、何故か歴史の勉強を始めた。高校時代は試験のための暗記物として嫌っていたのであるが、もう試験もないし、勉強しても仕方がないのだが、気楽な気持ち勉強し始めた。昔思っていたとおり、歴史とは争いと妥協の連続だ。歴史は鏡と言われる。自分だったらどうしただろうと歴史に参加した気分で読むと結構面白い。様々な人生がある。それを疑似体験できるののは面白い。自分の人生だけではつまらぬものだと痛感する。歴史は私を選ばなかった。しかし落胆すべきではない。テオリアの生活は意外と楽しいし幸福感にも浸れる。未来のことは分からないが過去は記録に残っている。過去を知るのも、未来のために有益かも知れない。
 人間は皆いつかは死ぬのであるが、唯物論ないし自然科学的に考えてみた場合、心も意識も霊魂も全て脳髄の活動の随伴現象として現れるものだとすれば、肉体あっての霊魂であり、肉体が滅びれば、霊魂も滅び、あとに残るは虚無の世界なのであろうか。仏教の教えるように輪廻転生があるのであろうか。もしくはクリスチャンが信じるように、この世を去ったときにキリストと会い、自らは復活し、救い主とともに永遠に栄光のうちに住むという希望があるのだろうか。いずれであるか、あくまで人間としての私には今のところ判断できない。人生も終りに近づき、気にかかることではある。自分の望むとおりになるのなら、死後は虚無でも私は構わない、というか、そのほうがさっぱりしていて良いと思うときもある。仏教でもキリスト教でもどちらでも構わない。皆さんはどう思われるであろうか。
 聖書では、衣食があればそれで満足すべきことを説いている。清貧の教えである。私は神に守られていると思うときがある。衣食ばかりでなく住もある。これだけでも随分恵まれた話だと思う。神に感謝しなければならないと思う。人間関係が少なく不満に思うときがあるが、人間関係が苦手な私のことを思って、神様が配慮して下さったのかもしれない。神様は最善のことしかなさらない。いずれにしても、不満なところよりも恵まれている面に目を向けて、神に感謝を捧げる生活をしたいものだ。
 業績と言えばおこがましいのであるが、私がこの世でうまくいったと思うものが二つある。それは、GIS用高耐圧素子の開発と自動作曲システムの開発だ。両者とも私の能力を超えたことで、神の御業が現れたとしか言いようがないものだ。私も無心でやり遂げたもので、意識的にやったものではない。前者は実験計画法の解析に分散分析ではなく非線形重回帰分析を施して山登り法の探索手法を適用したものだった。実験計画法の結果に非線形重回帰分析ができたのは試行錯誤の上の偶然とも言えるもので、計算した当時は、これは大発見だと思った。こんなこと一生に何回もできるものではないと思った。実際そのとおりであった。自動作曲システムの開発にも30年近い音楽歴がものを言ったもので、メロディー生成の仮説がうまく現実に当てはまったと言える。コードの3度7度とテンションノートがメロディーの要素になっているという仮説である。現実にそのようになっているから不思議だ。なにか自慢しているように聞こえたら申し訳ないが、なにか無心に一生懸命にやっていると、神様の助けが得られるということが言いたいのだ。諺の人事をつくして天命を待つ、というように。無心に一生懸命やっているとなにか不思議な知恵が与えられるといった経験と言えばよいだろうか。
 社会に出て仕事はそれほど困難ではなかったが、大学の研究室での対人問題が個人的に尾を引いてというか、今思えば忘れてしまえばよかったことに拘って、会社(東芝)に入ってからも、対人関係が気になったり悩んだりと、失敗の連続であった。人間的にも未熟であった。そのことは今でも尾を引いている。長年のことなので説明するのも難しく諦めている。父親とも問題があったが、その父も5年前になくなったし、(なくなるかも知れない)東芝のことも忘れ、私としても全て解決しているつもりなのだが。
 私は東大出であるが、学生時代は学業が不振であった。東大の教科書がなく授業中心の講義についていけず苦労した。講義にも出なくなり、適当な書物をあさり、自習することが多くなった。したがって試験の成績も悪く、駒場から本郷に進学する際は、最低の成績で、だれでも進学できる工業化学科に進学した。大学に入る前は物理か数学を勉強したかったのであるが望みは叶わなかった。工業化学科にも物理化学の授業や応用数学の講義があり、物理化学に興味を持った私は、独学で量子力学、電磁気学、統計力学など物理学の勉強を始めたが、授業とは関係ないので、成績は振るわなかった。しかし、そのお陰で論理的な思考が育まれ、化学系としては珍しく、計算やプログラミングの能力を社会に出てから身につけることができた。独学の習慣も身についた。それで、仕事はある程度うまくいったのだと思う。今現在は、数学や情報処理や人工知能に興味を持っている。人工知能は文系の要素も多く、文科系的な勉強をすることも多くなり現在に到っている。
 いずれにせよ、私みたいな性格の人間は余計な人間関係に巻き込まれないように注意したほうが安全のようである。孤独でも仕方がない。寂しくても仕方がない。人間関係が苦手な人間は孤独になるしかない。さもないと悲惨なことになる。これも神様の計らいなのだろう。孤独でも精神的には落ち着いている。孤独に強いのかも知れない。
 藤井四段の連勝が29でストップしてしまった。残念だ。少しがっくり来た。ずっと連勝して名人まで行って欲しかった。しかし、藤井四段はまだまだ若い。未来がある。希望がある。そこは私と違う。だからこそ活躍を願うのである。私にも若いころがあった。夢もあった。しかし何も叶わなかった。まぁ、自分で納得していればそれでよいと思う。夢は叶わなかったが、好きなことをしていられる人生でもあった。生活に困ったことは一度もない。贅沢は言えない。自分の開発した自動作曲システムが新聞記事に載せられた時は嬉しかった。母も喜んでくれた。私の人生で唯一の誇りだ。私も有名になりたかったのかも知れないな。でも売名奴にはなりたくないな。記号主義、形式主義の古典的人工知能の成果と言えるのだが。
 私たち人間には将来のことは分からない。明日のこと、いや5分先のことすら分からない。しかし、とこしえから、神は全てのことを計画しておられる。将来のことも決めておられる。それでいて私たちは自由なのだ。これは理解できない神秘だ。私たちは自由とともに責任も負わされているのだろう。自分の将来を善意を持った誠実な神が決めていてくれるとしたら、これほど安心できることはない。それも最善の手立てを考えていて下さり、実行してくれるのだ。そう考えるとあり難いとしか言いようがない。
 大相撲が始まった。母は相撲とパチンコが好きだった。大相撲が始まると母を思い出す。自分の部屋でテレビを観て、一戦一戦勝負がつくと、あぁ!と声をあげて喜んでいた。相撲は比較的狭い土俵での勝負なので、勝負が決まるのが早い。そこが面白かったのだろう。晩年、やることのない母は大相撲を楽しみにしていた。あの頃が懐かしい。舞の海がまだ現役の時分だった。舞の海が勝つと母は大喜びだった。私も奥の部屋でテレビを観ていて、勝負がつくと、母の部屋に行き、会話をしたものだ。本当にあの頃が懐かしい。母がいて、父がいて、弟がいた頃、そんな日があったのだ。
 私は日々読書に打ち込むようにしている。読書していれば自分のことも生活のことも全てのことを忘れることができる。一種の幸福感を感じることができる。しかし、現実逃避のやせ我慢と言えなくもない。現実は孤独で悲惨な毎日だ。「あなたは、神があなたを愛しておられ、あなたの人生のために素晴らしい計画を持っておられることを知っていますか?」というキリスト教の問いかけについ期待したくなる。こういう言葉を聞くと、この年になっても将来に期待を持ってしまう。このまま終わりたくないと思う。キリストを信じれば救われるかも知れない。まだ遅くないかも知れない。
 キリスト教でいう「罪」とは何だろうか。罪とは良心、律法、あるいは福音の中に啓示された神の意志に対する無関心、不信頼、不従順な態度で、それが思考、言葉、行為、気質や行動に現れるものとされる。罪とは神に対する無関心、積極的にしろ、消極的にしろ神に対する反逆的な態度である。人間は神と交わるように造られたにもかかわらず、自我を取り違えて、自己中心的な生き方を選び、神との関係を破壊してしまった。神に対するこの態度が聖書によれば罪と呼ばれるものである。思い煩い、短気、人生に対する目的喪失、欲求不満、劣等感、偽り等は人が神から離れているという罪の結果なのである。こうしてみると誰しも罪人に見えてくる。
 人は罪を犯して神から離れてしまったので、神の愛と計画を知ることも、体験することもできないのであるが、イエス・キリストだけが、人の罪を解決するお方であり、イエス・キリストを罪からの救い主、主として受け入れれば、その時、神の愛と計画とを知り体験できる、とするのがキリスト教の教えである。とは言っても私には神の愛と計画を知り体験することはできていないのであるが。
 私はあまりに孤独なので、普段自分が孤独であることさえ忘れているのであるが、朝眠りから覚めるときとかに深い孤独感が自覚され、孤独の苦悩に苛まれることがある。そのような時には、神がともにいてくださる、神は私のような罪人を見放されることはない、と思うことにしている。私は神と交信することなどできないのであるが、祈ることはできる。祈りが神に届くとの希望を持って黙想し祈る。すると少し救われた感じがするのである。信仰とは神がいることを当てにして生きることではないのか。そしてその神は、私を愛しておられ、私の人生のために素晴らしい計画を持っておられる、ということを信じて一日を始めるのである。毎日本を通して今まで知らなかった世界を知るのも今の私にとっては楽しみであり喜びである。そして、私の死後も、母や父に再会できるように、母や父のためにも祈るのである。
 日本の人口は西暦2010年の1億2806万人をピークに減少し始めたという。このまま行けば、予想では2060年に8674万人、2100年に4959万人、2110年に4286万人と、百年後には半減してしまう。ちなみに過去に遡ると、西暦800年(平安初期)には551万人、1280年(鎌倉)には595万人、1600年(慶長6)には1227万人、1721年(享保6)には3128万人、1872年(明示5)には3481万人の人口であったという。だから、消滅するとは限らないようであるが、衰退は免れない。私も結婚しなかったから、人口増加に貢献できず寂しい思いであるが、最大の理由は現在と同じ経済的理由であった。東芝の給料はあまりに低かった。東芝は昭和60年代からおかしかった。間接員が直接員の人数を越え、社員の半数以上が利益を挙げずに給料を貰っていたのだから当然である。転職するしかなく転職したが、2番目の会社では長時間労働をさせられ、結婚していたら、会社を辞められずに過労死していたかも知れない。これは本当のことである。独身が幸いしたのである。今では、それほど長生きしたいと思わないが、若かった当時は早死にするるのはもちろん嫌であった。私が今生きているのも神様の計らいなのではないかと本気で思うと、孤独な独身などと嘆いてはいられない。独身貴族を続けたので経済的にはなんとか生活できるが、神様のためにも、体を大切にしようと思う。意外と思われるかも知れないが、キリスト教にとって体は大切なもので、聖霊の宮とされる。孤独でも何とか社会の役には立ちたいと思っているのであるが、どうしてよいか分からないのが現実である。社会の役に立てれば、孤独から解放されるかも知れないのだが、どうしてよいのか分からないのである。
 私のした仕事のことに戻るが、対象は材料開発であれ自動作曲システムでも、科学的思考方法が有効であった。それは問題になっている事柄から単純で明証的な諸要因をとりだし、それらを記号的に表現して関係づけ、その関係式を演算的に処理してゆくことである。与えられた事態をいくつかの項の間の関係として解析し、次にそれらを記号によって表現して、一つの自律的な記号体系を構成した上で、求められている未知のものをその記号間の関係のなかに位置づけ、演算の操作によって問題を解く、というやり方である。私は理系なので無意識に科学的な思考をしてしまうのであるが、人間に対してこのような思考方式が適切であるかは疑問である。このような思考方式の歴史は比較的浅いようである。
 歴史を勉強していて驚くべきことは、既に古代社会において、哲学、宗教や思想など、人類の精神的基盤ができあがってしまっていたことだろう。しかし、現代人はますますこういう方面には疎くなってきているように思う。それがよいことなのかどうか分からない。人類の歴史を観ても、宗教、哲学や思想を巡る争いは激しかったようである。争いのもとなど忘れたほうがよいのかも知れない。自然科学の世界は論争も争いも少ない気がする。何故だろうか。人間にあまり興味を持たない人が多く、性格的に淡白であっさり人が多いからかも知れない。
 今年(2017年)の夏は暑い。7月でこの暑さだ。8月になったらどうなるのだろう。少し心配だ。年のせいで暑さ寒さの感覚が鈍くなってきた気がするが、体は正直なもので、外を歩くと汗が滴り落ちてくる。最近は地球温暖化という言葉を聞かないが禁句になったのだろうか。おもしろくもない世の中をおもしろく生きようと、為す術もなく日が暮れる。これが私の毎日だ。読書と食事と風呂だけが楽しみだ。昼間から風呂に入っている。いずれにしても、これ以上望まぬことだ。楽しみがあるだけで満足すべきだ。与えられているものだけで満足すべきだ。それ以上望むから欲求不満になるのだ。必要以上のものを求めない。それが幸福の秘訣かもしれない。人生諦めが肝心だ。何も望まないときに、全てが神から与えられていることに気づく。明日のことを思い煩う必要はない。
 人工知能に批判的な哲学者のひとりにドレイファスがいるが、彼によると、人工知能研究が前提にしている人間把握は、20世紀以前の伝統的哲学の発想(記号主義、形式主義)と同一であることを明らかににし、それが、20世紀の哲学(ハイデガー、メルロ・ポンティ、ウィトゲンシュタインなど)によって乗り越えられた不十分な人間理解であることを主張することで、同時に人工知能研究の限界を明らかにしようというものであり、人工知能批判であると同時に伝統的哲学の批判でもあった。しかし、批判されようとも、人工知能の研究を進める人はいなくならないであろうし、人工知能の研究を押し留めることもできないでろう。限界があろうとも、記号主義、形式主義がかなり有効でることも否定できない。私のようにこれで自動作曲システムを作ることもできるからである。むしろ可能なことから手をつけて、研究成果を挙げていくことの方が大切であろう。記号主義、形式主義だけでもかなりのことができるはずである。これ以上進めないという地点まで到達したならば、ドレイファスの批判も理解できるが、まだまだ先の話のように思う。伝統哲学も無意味な夢幻であったわけではなかろう。伝統哲学も包摂するような人工知能論が生れるべきだろう。
 計算機は主に数値を扱うものだと学生時代に習った知識で判断していたのであるが、社会に出てから、LispやPrologと言った言語に出会い、記号処理プログラミングを習ってから、私自身も認識を改め、記号処理の威力には驚いている。自動作曲システムも数値計算だけでは不可能で、記号処理が不可欠であった。計算機の可能性は記号処理により拡大され、第二次人工知能ブームは記号処理パラダイムに基いていたとも言えなくもない。Prologは一階述語論理のサブセットで、論理的な問題には適しているが、記号処理に関してはLispよりも使いにくい。音楽なども含めて、人工知能が対象とする現象は、論理的とは限らないから、記号処理は論理を包括しているといえる。自動作曲システムも記号処理と数値処理を組み合わせて作っている。人工知能などと大げさな感じがするかも知れないが、現在はパソコンとLisp処理系を持っていれば、個人的にもできることはかなりあると思う。
 アベノミクスが功を奏し、株価は上昇して失業率は低下、物価も僅かだが上昇する場面もあった。しかし、当事者の国民にはその恩恵が感じられず、必需品の物価高だけが重しになっている。企業には減税、国民には増税と言う政策の弊害が出ている。安倍政権の経済政策で景気が回復したのではなく、金融緩和で資金が株式市場に流れただけで、相変わらず企業の内部留保は増え続けてトリクル理論が機能せず、国民に恩恵が還流されていない。。日銀による株価買支えも市場で買った国債も、そろそろ限界が近くなっている。金融緩和を実施するのは意外と容易だが、市中金利の上昇を考えると景気を回復させ緩和した資金を回収するのが難しいだろう。日本の将来も多難だ。ということは私を含む個人の将来も多難ということだ。
 大分暑くなってきたので、昨日は早めに自転車でいつものとおりの散歩に出かけた。帰りがけの途上、弟(秀明)と偶然出会った。何ヶ月ぶりだろう。思わず嬉しくなった。弟は通勤途上であった。すこし会話をして別れた。すこしの会話だったが楽しかった。男同士の兄弟というものは、どうしても疎遠になりがちだ。もう少し話したかったが仕事があるから致し方ない。また、いつ会えるのだろうか。今日も人間の目には偶然でも、全ては神の思し召しである。
 午後から雷雨があった。大気が不安定になっているのだろう。最近は、全国の各地で集中豪雨や落雷、突風、雹などが降って大荒れの天気になっている。その原因は、発達した積乱雲である。積乱雲は地熱などによって急速に発達してその雲の厚さはゆうに10kmを超えるものが少なくないという。雲の暑さが厚いほど上昇気流と下降気流が交錯して、雷や雲、大粒の雨を発生する。梅雨明けが近い証拠らしい。梅雨らしくない暑い天気が続いたが、これからもっと暑くなるのだろうか。
 今日は7月19日だ。学校も夏休みだな。遠い昔の夏の日。太陽と青い空と海。加山雄三とグループサウンズ。アストラットジルベルトの歌うか細いボサノバ。憧れのバーデンパウエルのボサノバギター。もう50年くらい前のことだ。夏休みに入ると両親は必ず海へ連れていってくれた。小中学生の頃だ。両親は伊豆が好きだった。西伊豆の土肥や下田のほうまで連れていってくれた。そして伊豆への温泉旅行は母の最晩年まで続き、私もお供をした。つい最近のことのように思われるが、最後の旅行からもう17年になる。宿は伊豆稲取のいなとり荘だった。それきり私は旅をしていない。母が死んで家族はばらばらになった。家族を繋ぎとめていた母は偉大だった。母の死は私の孤独の始まりでもあった。
 人間は考える動物だ。だからどうしてもあれこれ考えてしまう。考えても仕方のないことまで考えてしまう。その上、長年の習慣で、何かしら勉強していないと気がすまない。これは結構疲れるのに最近気づいた。もう私も若くない。リラックスしなくちゃ。自転車に乗っている時も何も考えないようにするようにした。家にいる時も能動的に考えるのではなく、音楽を聴きながらいろいろな想念が受動的に浮かんでくるに任せていると、次第にボケッとした感じになってくる。これは結構楽だ。いける。そして全て神様に任せ委ねてしまう。しばらくすると元気が出てくる。これで調子がよくなると良いのだが。あまり当てにせずに期待しよう。
 人間は外面的状況に左右されることのない内面からの平安、幸福などを確立しなければならないのではないだろうか。神様は外側から我々を支えるのではなく、心の奥底の内面から我々を支えているのだ。外面的なことに恐れたり、思い煩う必要はない。心の内面を見つめ、ただ見つめてさえいれば、悩みなどは消えてゆき、平安で幸福な心が得られる。全ては心に浮かぶ雲のようなもの。恐れることなく、見つめていれば、自然に消えていく。そして平安と幸福が訪れる。
 午後からビル・エヴァンスの名盤「Moon Beams」を聴いていた。バラッドばかりの名盤で聴いていると気分が落ち着く。若い頃から聴いているので、若い頃のことを思い出し、少しセンチになる。音楽と結びついている記憶の欠片。あぁ、あの頃は良かったなぁ。車の中で一緒に聴いたあの人は今どうしているのかな。いつもひとりでいるから、楽しみは自分で見つけなければならない。今はCDを聴きながら、昔の想い出に浸るのが楽しみだ。そうしていると、想い出が溢れてきて切なくなる時もある。還らないあの想い出の日々。嫌な想い出もあるはずなのに、そんなことも気にならず、今は全てが懐かしい。ビル・エヴァンスの優しいピアノの音が静かに流れる午後の部屋。少しロマンティックで幸せな気分だ。
 大分日中は暑くなってきたが、午前6時ごろはまだ涼しい。6時ごろ自転車で家を出て、サンクス鶴見市場店でパンとお茶を買う。路肩に坐って、食べながら、街路樹を見上げる。ここの街路樹は好きだ。枝が上に向かって扇型に拡がっていて青い葉が清々しく風にそよぐ。木の葉の間からお日様の顔が覗く。見上げていると気持ちがよくなる。今日も一日が始まったな。また何事もなく一日が終わるのだろうな。毎日毎日何の変化もない。かなり退屈だ。しかし、何事もないことが幸いなことなのかも知れない。神様は私に静かな人生を用意してくれたのかも知れない。さぁ、今日も川崎のほうへ行って帰ってこよう。私の唯一の気晴らしだ。家に帰ったら今日も読書三昧だ。
 朝早く、自転車に乗って、夏の風に吹かれることはなんと気持ちよいことだろう。早朝の風は夏でもまだ涼しい。エアコンや扇風機の風でなく、開放的な自然の風に吹かれると気持ちまで清々しくなる。風が体に当たる感覚を楽しむ。楽しみが少ないと思っていても、ふとささやかな楽しみが与えられる。何も求めなければ、全てこの身に起こることは、思いがけない神様からの贈り物。それを楽しまない手はない。ささやかな楽しみでも孤独の身にはありがたい。
 昨日は土用の牛の日だった。コンビニでうな重を買って食べた。確か去年も食べた記憶がある。ひとりで食べてもうなぎは美味い。美味いものはやはり美味い。うなぎのせいか今日は体調が少しよい。今日も自転車で散歩に出かけた。朝早く清々しい気分になれる。男らしくあれ。雄雄しくあれ。孤独などと泣き言を言うな。そんな気持ちになれる。思えば小学一年生の頃、私は東京の江戸川に住んでいた。まだ田園風景が残っていた。朝早く、オタマジャクシを捕まえに、バケツを持って田圃にでかけた。あの頃の自分の姿と今の自分の姿が重なる。何も変わっていない。毎日毎日私は探検に出かける。しかし、何も見つからない。もっと遠くへ行こうか。
 今日7月27日は昨日に引き続き涼しい。ただでさえ朝はいつも寂しいのに、この曇り空だと、胸が締め付けられるように寂しい。こういう時はとにかく動くことだ。自転車で散歩に出かけた後、インターネットをしばらく見てから食事をし、また徒歩で散歩にでかけた。涼しいので気持ちよく散歩ができ、少しは気分が楽になった。家にいても作業するに限る。ブログを更新するのも気晴らしになる。少ないが読者もいる。読んでくれる人がいるのだ。その人たちと繋がっていたい。気持ちの整理にもなる。もっと明るく生きたいと思うが、孤独ではどうしようもない。人生は苦しいものだと嘆いてしまう。不安はないが苦しい。寂しくて苦しい。過去の微かな甘い想い出だけが毎日の救いだ。それは音楽を聴くと思い出すことができる自分だけの秘密。想い出があるから生きていられる。年をとると過去に生きるようになるのかも知れない。同じ思いの人たちがいるかも知れない。そう思うと仲間がいるようで少し慰めになる。
 気象統計をみると、7月下旬の今ごろから8月上旬にかけて最も暑い時期になる。暑さももう少しだな。最近の研究によるとお酢の主成分である酢酸を与えるだけで農作物が乾燥に強くなることが発見された。酢酸を与えると傷害に応答する植物ホルモンのジャスモン酸が生成するという新しいメカニズムが発見され、さらにこの経路が様々な植物にあることも分かったという。酢酸を与えるという簡単で安価な方法で、干ばつに強い農作物が生まれれば、食糧問題の解決に期待が持てる。干ばつによる食糧不足は世界的に深刻な問題であるから朗報と言えよう。
 南河原公園では花壇に花が植えられていて一年中いつでも鑑賞できるようになっている。ありがたいことだ。今ごろは、何と言っても目に付くのは、黄色のヒマワリ、赤や朱色のヒャクニチソウ、グラジオラスなどだ。また、クリの白い花も目にした。花の周りには蝶が飛ぶのも見られる。公園に入ると草の匂いや樹木の香りがして清々しい。
 小学校高学年の頃は学研の「科学」という雑誌を講読していた。おまけの実験キットも面白かったし、記事内容も好奇心を満たしてくれた。鉱石ラジオをつくたっり、標本を作ったり、と面白かった。今現在も科学技術への関心は失っていない。人工知能学会誌、日本化学会誌、電気学会誌を購読している。大学で化学、東芝で電気、次の会社で人工知能をやったのでこういうことになっている。日本化学会の8月の特集は「環境を守り、エネルギーを生み出す夢の膜工学」、電気学会の特集は「電力・電気機器における電磁界解析の最新動向」となっている。小学生時代に「科学」を楽しみにしていたように、現在の私は学会誌を楽しみに生きている。もちろん利害損得を越えた純粋な好奇心としてだが。あぁ、小学生時代の私と現在の私が重なるのには感慨を覚える。今も気持ちは変わっていないのだ。人生やり直せたら科学者を目指したいと今でも思う。
 朝早く蝉が鳴いている。心の奥底には昔聴いた曲が今も変わらずに流れている。外からの音と内側からあふれる想い出のメロディーとがハーモーニーを奏でる。こんな時私は寂しくない。少しいい気分になって自転車を漕ぐ。
 今日(8月3日)映画「君の名は」を観た。複雑なストーリーで難解だ。夢の中でだけコミュニケーションがとれる男女の物語だが、夢を扱ったものだけに、深層心理学を適用しなければ解釈できないのかも知れない。単純な男女の出会いの物語ではなく、ユングのアニマとアニムスのような世界だ。単純な恋愛映画と思うのは勘違いだろう。それでいてロマンティックな感じもする。人間は誰でも理想の異性を心に秘めていても、それは夢のようなもので、現実世界に求めても幻想に終わるのかも知れない。だから、最後の場面でも、出合った男女は主人公ではなかったのかも知れないと思った。人間だれしも異性を求めている。理想の異性にめぐり合える人は幸せだろうが、そんな人がいるのかと疑問にも思う。ただ、男女の運命的出会いとは美しいものだとも思った。ただし、素晴らしいのは出会いだけかも知れないとも思った。
 8月3日に叔母荒井良子が亡くなったとの訃報が8月4日にあった。享年89歳であった。8月8日が通夜、8月9日に告別式、初七日であった。いつ死んでもよいとの覚悟ができた穏やかな心境の死に顔の叔母であった。家が近かったので子供の頃からよくお世話になった。喪主は従姉妹の荒井万紀子が勤めた。数年前、母方の叔母が相次いで亡くなった。自分が年をとるというのはこういうことだな。寂しくなるな。せめて生き残った人の間柄は穏やかであって欲しい。それは故人の望みでもあろう。横浜も8月9日は猛暑であった。何故か寂しい夏である。家に帰り、ひとり静かに叔母の冥福を祈った。
 8月に入って急に夕日が沈み空が暗くなるのが早くなってきたような気がする。毎日1日に1分ぐらいずつ早くなっていく。これは、夕方のテレビで市街地が映し出される時に、ビルに電気が点いていたり、車のヘッドライトが点灯していることからもわ
かる。日が短くなると寂しくなる。秋の寂しさに今年は耐えられるだろうか。年をとると年毎に寂しさが増すような気がする。慰めとなるものがあるといいのだが。音楽に対する情熱も失い、今のところ生きがいもなく、気力が枯れ失せている状態である。誰か生きがいを下さい。
 2050年に私が生きていないのは確実であるが、OECD Environmental Outlook to 2050では、2050年の世界を以下のように予測している。1)人口90億人以上、2)経済規模は現在の400%、3)エネルギー消費は180%、4)世界の人口の70%が都市に居住している。IPCC報告では2050年に世界全体でCO2排出量を現状の半分以下に削減することが目標だが、エネルギー消費が180%に増えることを考えれば前途多難である。経済規模は4倍になり、特に工業用水の需要が増加し、世界の40%の人が水不足に苦しみ、上水道を利用できない人が2.4億人いる世界となる。早急に技術開発を進めないと極めて住みにくい世界になりそうだ。地球温暖化も確実に進み、今より暑くなる。その前に死んでしまう私は幸せかも知れない。私はいい時代に生れた。無責任かも知れないが、私にはどうしようもない。自分の子孫を残さなかったのは幸いだったのかも知れない。
 今日8月15日は終戦記念日だ。戦争が終わったのは72年前で、戦後10年目の1955年2月に私は生れた。運が良かった。日本は私の生れた1955年ごろから好景気に転じ、1970年ごろまで4つの好景気をはさみながら、年10%をこえる経済成長をとげた。@神武景気(1955〜57年ごろ)A岩戸景気(1959〜61年ごろ)Bオリンピック景気(1963年〜64年ごろ)Cいざなぎ景気(1966〜70年)と私が中高生になる15歳くらいの時まで続いた。昭和元禄と言われた時期もあった。当時の活気は今でも記憶に微かに残っている。両親も元気で良い時代だった。高度経済成長の要因は次の4つであった。現在でも参考になるであろうか。@新技術の導入と民間企業の設備投資A巨額の設備資金の供給(国民の貯蓄率が高く、銀行も資金を十分に供給したため、資金の調達が容易であった。)B豊富で質の高い労働力C国の産業優先策。






to be continued...............................................



荒井公康
http://www5f.biglobe.ne.jp/~kimmusic/



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