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zoom RSS 己を忘れる

<<   作成日時 : 2016/02/18 12:37   >>

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     己を忘れる
どうして、こんな人生になってしまったのか
妻もいなければ、子もいない
国になんとかしてもらいたくても
国には金もないし、借金だらけ
民間には金があっても
お前など必要ない、目障りだ、といった感じだ
社長にも、学者にも、首長にも、音楽家にもなれなかった
なににもなれない人間は価値がない
今さら、どうしようもない年齢だ
しかし、私は正直に生きてきた
自分に不利と分かっていても
自分に正直に生きてきた
すべて、自分が招いたことだ
この歳であがいても見苦しいだけだ
潔く諦めて
余生を充実して楽しんで過ごすだけだ
人間は皆死んで忘れられる
歴史に残る人物など本当に僅かだ
歴史に残っても悪名じゃどうしようもない
私自身も物覚えが悪くなった
最近数年のノーベル受賞者の名前も覚えていない
今年もらった人の名前を覚えてもすぐに忘れてしまう
人は皆そんなもの
自分のことで忙しくて精一杯
忙しくで心を亡くしているうちが花
孤独で暇になれば、嫌でも
自分の心に向き合わなければならなくなる
いかがすべきか我が心
これこそ人生の一大事
己を忘れることこそ、平安の道
一事に没入し
無になり、無心になる
これぞ、安楽の道だと最近悟った



     孤独の中のバナナとゆで卵
私の好物はゆで卵とバナナ
バナナは最近食べないが
毎日、ふたつのゆで卵は欠かさない
もう、50年以上も前のことだ
小学校の遠足のお昼どき
私は、バッグからバナナとゆで卵を引っ張りだし
ひとりで食べ始めた
母が入れてくれたものだ
同級生は私に近寄らず、私も同級生に近寄らず
私の孤独癖は昔からだ
しかし、今でも、友だちやガールフレンドが欲しい
いや、昔からずっと欲しかった
できれば、このままで死にたくない
バナナやゆで卵の世話をしてくれた母ももういない
晩年まで、毎日のように電話をくれた父ももういない
亡き父母との別れこそ最大の悲しみだった
それも、なんとか乗り切った
本当は、深い孤独は私に親しい
しかし、時々人と話したくなるのも事実だ
なにごともほどほどだ
2〜3年前に理想的な状況になったが
現在はまた孤独に戻ってしまった
しかし、慣れているせいか、苦ではない
あぁ!私は一体何をいいたいのだろう



     悪夢と二月の春
毎朝、悪夢に目が覚める
起きているときには忘れている無意識からのメーッセージにうなされて
目が覚める
毎日のことだ
寝床にいるのも苦痛になる
就寝時に寝床に持ち込み、真夜中にはそれから開放されたはずの疲れが
早朝の悪夢とともに再びよみがえってくる
目が覚めても疲れきってしまう
いまいましく、私は寝床から身を起こし
朝食をとる
いつもの花が咲いている公園に行くのだ
あそこへ行けば、疲れがとれるはず
今日は、まだ2月なのに、春のように暖かい
この暖かさなら
防寒着では汗が出るくらいだ
ゆっくりと自転車をこぐ
消防署の前のあじさいはまだお化けのようだ
しかし、6月になれば
瑞々しい花を咲かせてくれるはず
自転車をこぐこと1時間
私は悪夢から解放され
疲れもとれ
元気を取り戻して家に帰る
帰宅後、気分もリフレッシュして読書に取り組むのだ
今日は何の本を読もうか
これが、私の毎日だ
これだけが、一生続くのだろうか
それを思うと、私は少し憂鬱になる




     冬の日の午後
冬の日の午後
永遠は一日のようであり
一日は永遠のようであり
私はもう老人でも
幼子のような心がときおり沸き起こる
少年の頃のあの日の冬の日も
今日一日と同じで
変えられたと思うものは
私自身だけ
他のものは何も変わらず
永遠の中に佇んでいる
ふと、木枯らしの音
この木枯らしの音もいつか聞いたもの
私は思った
孤独の中で
変えられるのは私だけ
永遠の中で存在は姿を変えず
毎日、私と出会う
私はあなたと出会う
失われたあなたと




     野の草
名もない野の草にも花言葉がある
それは、「自然のなつかしさ」
私は花の名前を多くは知らない
いつも午前中に訪れる公園には
すみれ、水仙、菜の花などが咲いていた
他の花々の名前は残念ながら分からない
今日は、まだ二月なのに春のような暖かさだ
河津桜が狂い咲きしていた
公園のキャノピーでは
木々の間から
小鳥のさえずりが零れ落ちてくる
私は二月の春を楽しむ
私の人生の春はいつだったか
大学在学中ではない
浪人時代だ
ひとつの目的に向かって
一心不乱に勉強できたのは充実して楽しかった
私は予備校へは行かず、宅浪をした
独学好きの私には向いていた
何事も、結果よりも過程だと思う
結果、結果と叫ぶ人は可哀想になる
結果は結果で、それに至る過程にこそ意義がある
結果が出なければ無意味だという考えもあるが、
それは、自分では何もやらない御仁の科白だ
過程にこそ楽しみがある、充実感がある
結果などくれてやってもいい、失敗してもいい
結果が出た後の虚しさを知らないのか
結果を利用するだけの御仁には分かるまい
浪人時代はもう40年くらい前のことであるが
私の生活は、それ以来、あまり変わっていない
今はまるで年老いた学徒である
学者の「野の草」版である
勉強、独学は楽しい
大変そうに聞こえるかも知れないが
そんなことはない
老子は、限りある身をもって、限りなきを追う、危うきのみ
と言ったが
限りなきを追う幸福もあると思う
でなければ、退屈だろう
尽きない好奇心を持てるとはなんと幸福なことだろう
そして、知れば知るほど、知らない領域が増え、好奇心が増すのである
本当に退屈することがない
私は幸せだ



     二月の雨と沈丁花
春雨の降る
悲しみの隙間から
沈丁花の香の
漂う公園
花々や木の葉から滴り落ちる
雨の粒は
悲しむ人の涙のように
私をも悲しませる
果たせなかった夢の数々
それほど大それたことを夢見ていたというのではない
ほんのささやかな夢の数々
それらが、私を悩ませるというよりも悲しませる
雨に釣られて
私の心も悲しみが支配する
一番悲しきことは
愛されなかったことよりも
愛さなかったこと、愛せぬこと
私は両親に愛されて育った、しかし
父や母や弟を愛さなかったこと
それが私を悲しませる
今は愛する隣人もおらず
弟も遠く離れていってしまった
父も言っていたように
私は要領の悪い人間
しかし、誰のせいでもない
自分で招いたこと
せめて
この悲しみに堪えて
流されないでいたい
明日はきっと晴れに違いない
そんな気がする、かすかな予感




     春の知らせ
甘い香りに
春の訪れの知らせを載せ
沈丁花の花が咲く
一房の沈丁花を取り
ポケットに入れる
春の知らせをポケットに入れ
私はどこまでも行こう
あなたに出会うまで
そして寒さに凍えているあなたに捧げよう
この春の訪れを
愛せよ、そして汝の欲することをなせ
と、聖アウグスティヌスは言った
私もそうしよう



     会いたいな
会いたいな
会いたいな
夢の中でもいいから
あんなに仲良く暮らしていた
お父さん
お母さん
夢の中に来ておくれ
会いたいな
会いたいな
お父さん
お母さん




     神と孤独
私はなんと孤独に生れついているのだろう
毎日、会話する相手もなく
ただ、本を相手にしているばかり
会話相手は本の作者ばかり
しかし、彼らにこちらから話しかけることはできない
今日も、誰とも話していない
思えば、どうして私がこれほどまでの孤独に耐えられるのか今まで不思議だった
そう思うとき、私は神様の存在に気づく
人から見放されても、家族が皆死んでしまっても
神様は私を見捨てられない
いつも、私にも気づかぬように、私を支えてくださる
一方的な恵みにより、価値のない私をも
愛し、哀れんでくださる
きっと、いままでもいつもそうだったのだ
時折、神様は私を懲らしめに遭わされたが
それも愛ゆえのこと
私を滅ぼそうとは決してなさらなかった
その代わりに
毎日の生きる糧を与えてくださる
食べることや、着るものや、住まいのことで
困ったことは一度もない
これは両親のお陰でもあるが
すべて神様が計らってくださったこと
孤独でもいつも一緒にいて下さる偉大な方がおられる
そう思うと
心が平安になり、安らぐ
この弱い私が極度の孤独に耐えられるのは本当に不思議なのだ
きっと、神様が私の心の中に入られて
心の奥から
このつまらぬ私を支えて下さるのだ
つまらぬ者だからこそ、支えて下さるのだ
なんと、感謝したらよかろう
あぁ、主よ、神よ
あなたの御名によりて感謝します、アーメン



     時と思い出
冬を越えて
暖かい春の日差しがありがたい
見慣れた街角が
何故か、久しぶりに見た景色のように懐かしい
私は春が待ち遠しかった
木や花や草
小鳥のさえずり
民家、商店などの並ぶ町並み
私は随分と長く生きてきたものだ
嫌な経験もしてきたはずだが
時の流れに曝されて
嫌な思い出も角が削られて丸くなり、
あるいは、時の流れに流されて
よい思い出ばかり思い出す
心は、悪い思い出を忘れさせ
良い思い出を残してくれる
それは粋な計らい
人の心はそのように作られているようだ
悪い記憶は忘れやすく
良い記憶は残りやすく、と
あぁ、幼少の日々
父母との日々
父母との旅行の日々
社会で活躍していた日々
ガールフレンドと恋愛ごっこを楽しんでいた日々
ドライブを楽しんだ日々
リコーダーの演奏を仲間で楽しんでいた日々
会社帰りに映画を観て楽しんだ日々
仕事帰りの赤ちょうちんの日々
こんなに、楽しい思い出があるのか
歳をとるにも良いところがある
悪いことは忘れ、良いことは覚えている
これも歳をとらないとわからないこと
若くして賢明に生きるのはなんと難しいことか
すべてのことに時がある
覚えるのに時があり、忘れるのに時がある
そして今の時がある
私の時は、またいつ来るのか
そんなことに思い煩うことなく、時に任せよ
必ず神様が計らってくださる






荒井公康
http://www5f.biglobe.ne.jp/~kimmusic/
kimi1955-music@kir.biglobe.ne.jp



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